大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所伊丹支部 昭和44年(ワ)225号 判決

原告

徐基秀

原告

姜鳳順

右両名代理人

白阪武

被告

株式会社高山建材興業

代理人

弥吉弥

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一、被告は、原告両名に対し、各金八、七一二、四二三円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、訴外徐正国は、昭和四四年六月七日午後五時ころ、伊丹市若菱町五丁目二九番地先路上において、大型貨物自動車(神戸一り四八一八号、以下事故車という。)により轢過され、頭蓋骨粉砕骨折により即死した。

二、被告は、事故車を管理して建材運搬の業務に使用しており、訴外徐正国は、同車の運転手として被告に雇用されていたところ、前記日時場所において、事故車を点検するため、自ら同車前部下に潜行し、被告の従業員である訴外石沢那昭が同車の運転席にあつてエンジン操作操作をしていたとき、右石沢がクラッチギャーをバックに入れた状態でクラッチペダルを踏みはずし、同車を発進させたため、本件事故が発生した。

三、被告は、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条により、事故車の運行供用者として、予備的には民法七一五条により、訴外石沢の使用者として、事故車の運転者でありかつ被告の被用者である同人が前示の過失によつて本件事故を惹起し、訴外徐を死亡させたことにより生じた損害を賠償すべきである。

四、原告両名は、訴外徐正国の父母であり、同人の権利義務を相続により承継した。

五、〈省略〉

六、〈省略〉

七、よつて、被告に対し原告両名は各八、七一二、四二三円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決を求める。

(請求の原因に対する答弁)

一、請求の原因中、第一、二、四項を認め、その余は争う。

二、訴外石沢は、事故車の運転手又は助手でもなく、単に掘さく機械の操縦士であつて、訴外徐正国とは同僚であつたに過ぎなかつたところ、右徐は、右石沢が運転免許を有しないことを知りながら、事故車の操作を同人に依頼し、同車の下から直接具体的に同車の操作を指揮命令していたものであるから、右徐は右石沢を自己の手足として使用していたものにほかならず、本件事故は右徐の指揮命令の過程において手足である右石沢の過失によつて生じたものであつて、右徐自身の過失によつて生じたものと同等に評価されるべきものであり、右徐は、右石沢操縦の間も事故車の運転手たる地位を離脱せず、これを保持していたものというべく、同人は自賠法三条における「他人」にも又民法七一五条における「第三者」にもあたらない。

(被告の主張)

一、仮に被告に損害賠償の責任があるとしても、訴外徐正国が運転未熟な訴外石沢に操作をまかせて、事故車の下にもぐりこみ、いろいろと操作の指示を同人に与えたものであるから右徐にも重大な過失があり、その過失割合は原告側九に対し、被告側は一の程度である。

二  〈省略〉

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、〈省略〉

(立証)〈省略〉

理由

(事故の発生)

原告ら主張の事故が発生した事実(請求の原因第一項)は、当事者間に争いがない。

(責任の原因)

請求の原因第二項の各事実は、当事者間に争いがない。そこで、訴外徐正国が、自賠法三条本文における「他人」又は民法七一五条一項本文における「第三者」にあたるかについて、当事者間に争いがあるので、以下検討を加える。

〈証拠〉によれば、訴外徐正国は、事故車の運転手として被告会社の請負つていた電話線の地下埋設工事のために土砂運搬作業を担当しており、訴外石沢邦昭は被告会社に雇用され右工事現場で掘削機械(ユンボパワーショベルY五五)の操縦に従事していたこと。本件事故の直前、右石沢が自己の仕事を終り帰ろうとしていたところへ、右徐が事故車を運転して右工事現場へ土砂を運搬してきたこと。同人が土砂をおろしたのち、エンジンの調子を調べているのを見た右石沢が事故車の傍に行つたところ、右徐は噴射ポンプの調整をしていたこと。その後右調整を終えた右徐は、右石沢を助手席に乗せてその近くの駐車場を一周して試運転をしたのであるが、事故車の調子が良くならなかつたところから、右石沢に対し運転席に坐つて変速装置を操作するように頼み、自らは変速装置を点検するため同車を降りて同車の助手席の下部と地表との間にもぐりこみ、右石沢に対しエンジン作動の状態でクラッチを切らせてクラッチの切れを確認し、次いでギヤーをローに入れるように求め、右石沢がギヤーを入れて一〇秒位したとき、同人が踏み込んでいたクラッチペダルをうつかりしていて踏みはずしたため、事故車が一瞬後退し初めたので、直ちに急制動をかけたが及ばず、右後退により右徐の頭部を左前輪で轢過したこと。右石沢がギヤーをローに入れるべきところを間違つてバックに入れたため後退したものであること。同人は、昭和三五年ころ東京都で自動車の普通免許をとり運転手として働いていたが、昭和三七年ころ事故を起して免許の取消処分を受け、その後は免許を取得していなかつたこと。以上の各事実が認められる。

以上の事実によれば、本件事故は、運転席にあつて事故車の変速装置を操作していた訴外石沢が、うつかりしていてクラッチペダルを踏みはずしたという過失行為によりエンジンの動力が推進軸を通じて車輪に伝導し事故車を後進させたため、発生したことが明らかであるけれども、そもそも同人は、かつて運転免許を有していたことがあつたものの当時はこれを有せず、かつ事故車の運転手又は助手として雇用されていたものでもなく、被告会社に雇用されて掘削機の操縦を担当していたものに過ぎず、当時事故車の運転を担当する者は徐だけであり、しかも同人は、変速装置点検のため、石沢に依頼し同車の下から同人に対し、右装置の操作について直接かつ具体的に指図を与えていたというのであるから、石沢の右操作中といえども、徐が事故車の運転者たる地位を離脱せず、これを保持していたものと認めるのが相当である。

自賠法三条本文における「他人」には、事故車の運転者を含まないものと解すべく、右運転者の観念は、抽象的な地位として理解すべきではなく、事故時の具体的運行に従事していたかどうかを基準として判定すべきものと解されるけれども、本件における徐は、なお事故車の運転者たる地位にあつたものというべく、従つて同人は同法三条本文の「他人」に該当せず、被告において同条の責任を負担しないものというほかはない。

次に、民法七一五条一項本文における「第三者」には、その事故につき加害者たる地位にある被用者を包含しないものと解すべきところ、前示認定の事実によれば、徐は事故車の運転者たる職責にありながら、運転免許を有しない石沢を運転席に坐らせて、直接かつ具体的に指図を与え、同人をして変速装置を操作させながら、自らは事故車の下部という危険区域に立入つたため、本件事故が発生したというのであるから、徐は石沢を自己の手足として使用したものというべく、石沢の過失はすなわち徐の過失と同一に評価すべきであるのみならず、徐は運転者としての一般的職務義務に違反しているものともいうべきであつて、本件事故は徐自身の過失により自ら招いたものにほかならず、従つて、同人は民法七一五条一項本文にいう「第三者」にあたらないものと解するのが相当であつて、被告において同条に基づく責任はこれを負わないものといわざるをえない。

よつて、原告らの本訴請求は失当として棄却を免れず、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安田実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例